インクルーシブコラム

インクルーシブデザイン&デザイン思考

デザイン思考を創造の力にするために(5)【デザイン思考がうまくいかない理由】

デザイン思考は様々な企業や団体で実施されていますが、有効な手段となり得ていない事例も数多く見られます。デザイン思考はあくまでもツールですので、実施方法が適切でなければ有効な結果は得られません。では、これまで経験した事例も含め、具体的にどこに課題があるのか考えてみたいと思います。

うまくいかない理由を整理してみると以下の7つが考えられました。
1. 固定概念
2. 多様性の欠如
3. フォアキャスト思考
4. 環境制約を前提にしていない
5. 時代の空気を読まない
6. 白黒はっきりさせる
7. 当事者不在

1. 固定概念
誰にも固定概念はあります。例えば、高齢者。腰が曲がっている、杖をついている、シニアカーを押している絵が使われることが多いですね。しかし、ここ20年くらい高齢者の体力は上がり続けており、70代80代でも仕事で活躍していたりアクティブに旅行していたり。ご自身も自分が高齢者と思っていないことが多いので、高齢者向けとして開発された商品の多くが失敗しているのはここに原因があります。

デザイン思考の最初のプロセスで”共感”するのは、まず、対象者の気持ちを理解し、本質的な目的や課題を見極めるため。この時、高齢者とはこういうもの、男性はこうあるべきもの、といった固定概念は共感の最大の障がいとなります。経験値の高い大人ほど固定概念が多くなるので、まずは、この壁を超える必要があります。

また、優秀な企画者や技術者などが陥りやすいのが、それではサービスにならない、とか技術的に不可能、という考え方。これが、ユーザーにとっての”真の価値”を案出する時の障がいになります。ユーザーの”真の目的・価値”がどこにあるかを見極め、それをどう実現するかを考える、ここにイノベーション の本質があります。

iPhoneが登場した時、技術的に既存の組み合わせで大したことはない、テンキーのない電話は使いにくいから普及しない、と軽視していた人が多くいました。携帯電話は連絡する時に使うもの、という固定概念が、”だれでもどこにいても使える情報端末”という革新性と提供するユーザー価値を理解することを阻んでいたわけです。また、テンキーを排したことによって、自由度が上がり、様々なアプリが簡単に使えるようになり、子供でも、というか子供の方がすぐに使い方を覚えられるようになっていますね。

1997年に火星に到達した探査機、マーズパスファインダーは、それまで精密な制御を行う必要があった着陸を、パラシュートとエアバックだけで行った画期的なもの。エアバックで着陸のショックを和らげることで緻密な噴射制御による着地は必要なくなり、軽く低コストで済む画期的なものでした。探査機重量が軽くなればそれだけ打ち上げロケットにかかるコストも下げられますし、同じ打ち上げロケットを使うのであれば、より多くの計測機器などを搭載できます。笑ってはいけませんが、火星着地の際は15回もバウンドしたそうです。それでも無事着陸、任務を完遂しています。固定概念を廃して成功した事例です。

固定概念を壊す、といっても、長年染み付いたものを壊すのは難しいもの。無意識のうちに囚われてしまうのが固定概念ですので、これを崩すための仕掛けを、考える必要があります。

2. 多様性の欠如
特に企業や行政などで行う場合に直面しやすい課題です。同質のメンバー、例えば同じ部署のメンバーなどで行うと、同じような固定概念と思考方法、似たような知識の範囲の人が集まるため、かたよった共感、本質からずれた問題定義、既視感のあるアイディアに陥ることが多くなります。文明が異文化の交流点で生まれることが多いように、異質な人々との協働が、革新的なアイディアの創出に繋がります。

本家のスタンフォード大学では、世界中から学生が集まっており、社会人学生も多いので、多様性豊かな状況で実施しています。

企業などで行うなどの場合は異業種の他社などを巻き込んで行う方が多様性が豊かになり、斬新なアイディアや解決策の創出に繋がりやすくなりますが、機密保持、知的財産の権利関係、プロジェクト化する際の難しさなどから、実現に困難を伴うことが多いと思います。異業種他社との協働がどうしても難しければ、例えば社内でも複数部門から募る、系列や関連会社からも募る、などできるだけ視点の異なるメンバーを集める工夫が必要です。

日本では組織の構成員が多様性に富んでいると管理やコミュニケーションに労力が必要になるので、同質性が求められることが多いと思いますが、ことイノベーション を起こすには同質性は足かせになります。多様性を価値に変えることができれば、これまでにない創造性を発揮することが可能になります。

3. フォアキャスト思考
ほとんどの方は普段積み上げ式で考え、業務を遂行していると思います。収集した情報を分析し、論理的に考えて課題の解決を図る、この方法は明確に問題定義できる場合は非常に有効です。見えている課題に一つ一つ対処していく、例えば、電力が足りなければ発電所の建設を企画し、具体化していく、など。このように考えて課題を解決していくことをフォアキャストといいます。課題も解決方法の案出も明解なので、組織として対処しやすいと思います。

しかしながら、未来に対処する場合には方向を誤りやすい方法でもあります。未来は不確定要素が多く、どれだけ情報を集めても確定的に予測することが困難なこと、また、複数の要素がからんでくるため、俯瞰的な視野で考える必要があるためです。例えば、洗剤メーカーの競合は他の洗剤メーカーだけでなく、時間の競合と捉えるとスマホやSNS、ゲームが競合となります。時間を取られてしまえば家事時間は縮小し、洗剤の使用量は減少します。結果から見ればあたりまえのことでも、1990年代にスマホの普及と競合関係になることを予測し、視野に入れて考えることは難しかったと思います。

これに対し、バックキャスト思考は、未来の環境制約を踏まえた上で、ありたい姿を描き、そこに向けて今から何をすべきかを定め、実行していく方法です。例えば日本における高齢化と人口減少など確定的な環境制約を前提とし、未来を予測するのではなく、実現したい世界を描き、そこに向けて実行していく、これがバックキャストです。

未来の環境制約は7つあります。エネルギー、資源、食糧、人口、気候変動、水、生物多様性。具体的な予測数値には幅がありますが、人間活動の肥大化によってさらに加速的に大きな影響を及ぼすようになることは明白です。昨今のゲリラ豪雨や線状降水帯が引き起こす水害、猛暑日の増加など、生活に及ぼす影響も大きくなっています。10年後、20年後に実現したい未来を描く際には、この制限要素を前提とすることが必須となります。

未来は予測困難、と先ほど述べたことと矛盾している、と思われるかもしれません。例えば2030年に平均気温が何度上昇するかは、不確定要素が多いためある幅でしか予測されていませんし、具体的に気候がこうなる、ということも確定的には予測できません。しかし、化石燃料の消費を続け、大気中の二酸化炭素濃度が上昇していけば温暖化は進行し気候変動は激化する、ということについては確定的です。残念ながら、環境制約が及ぼすリスクを前提としないで未来図を描くことが無意味になってきています。

環境制約を踏まえてバックキャストで未来図を描き、そこにむけた実行プランはフォアキャストで着実に積み上げていくことが様々な課題解決に有効です。ここで言う未来図とは、全世界とか日本全体など大きなものでなくても、例えば、些細な日常生活なども含みます。環境制約を踏まえた上でユーザーにどんな価値提供を行うのか、どんな生活を実現するのかデザインし、そこに向けて実現のプロセスを企図していく。実現するためにはどんな企業であるべきか組織はどうあるべきか考える。どんなサービス、商品、技術が必要になるのか考える。これが大切です。

ありがちですが、実現したい世界観を先に考えずに、商品・サービスを先に考えてしまうと変化への対応が遅れたり、想定外の競合に市場を席巻されることになりかねません。

4. 環境制約を前提にしていない
バックキャストの章で述べた環境制約についての理解も重要です。何がどのように変化し、どのように影響するのか把握していないと、実現不可能な未来図を描きかねません。

今すぐ化石燃料の使用を止めることができなければ、地球の温暖化傾向は進行し、気候変動、動植物の生態系、農作物などに影響していくことは不可避です。自分の事業には関係ない、と思われることであっても、間接的な影響が生じる可能性があります。むしろ全く影響のない事業の方が少ないと考えた方が良いと思います。

これを前提にしないと、未来では価値のないアイディアに陥る可能性が大きくなります。環境制約の理解は難しいと思われるかもしれませんが、例えば、事前にレクチャーをうける、インスピレーショントークを入れる、などで十分対処することができます。

5. 時代の空気を読まない
服飾デザイナーは半年後、一年後の流行を見据えて服をデザインします。よく彼らが流行を作る、と言われてますが、”世の中の空気”を無視してデザインしても流行にはなりません。彼らはユーザーの”気分”を掴み、どんなライフスタイルを提案すれば価値を認めてもらえるのか感覚で理解し、これに自分流の新しさをを加えてデザインしていくことで、”流行”を作っています。どれだけユーザーの価値観にヒットするかがデザイナーの評価に直結するシビアな世界です。

デザイン思考を行う上で、デザイナー程のスキルや感覚は必要ありませんが、世の中の”空気”は読む必要があります。例えば、2000年ごろまでは車を持っていることに価値があり、持っている車によってステータスを表すことが普通でした。ところが現在は、車は必要だから持つ、必要でなければ持たない、むしろ持っていない方に価値がある、と考える人も増えています。この、持たないことの価値の増加がサブスクリプションやシェアリングエコノミーが拡大している一因となっています。こういったことを頭に入れておくことで、視野を広げやすくなり、気づきも増えて、共感や問題定義のレベルを向上させます。

こういった状況を全て把握しておく必要はありませんが、ユーザーの価値観やその変化についてある程度の”感覚”をもっておくことは重要です。理由は、ユーザー価値のないアイディアに陥る可能性が大きくなるためです。これも、事前にレクチャーをうける、インスピレーショントークを入れる、などで対処することが可能です。

6. 白黒はっきりさせる
未来は確定的に予測することは不可能です。100%確実に売れるものを作ることも困難です。しかし、”共感”し、本当のユーザーの目的を把握することで考えだした提供価値は揺るぎないものです。あとはどうやってその価値を実現するか。これには様々なアプローチがありますし、より高いレベルで価値を満たすものが優位となります。

普段は白黒はっきりさせることが重要なことも多いと思いますが、デザイン思考で紡ぎ出す未来は、不確定なものは不確定として、おおよそこんな状況、といった形で俯瞰的に捉えることが大切です。例えば、掘り続けていれば化石燃料が枯渇するのは事実です。しかし、具体的に何年もつかは、自然エネルギーへの代替の進行や消費形態の変化など不確定な部分が多いので確定的に予測することはできません。

不確定な状況で判断することは恐怖を伴うと思います。論理思考に慣れていると、情報が足りない状態では思考停止になりがちです。繰り返しになりますが、未来は予測不可能ですし、確定的な情報も限られています。これに対して具体的にどう対処し、進めていくか、これを考え出すのがデザイン思考です。不確定なものは不確定なまま受け入れた上で、どうなるか予測して判断するのではなく、どういう世界を提供するのか描いた上で具体的な実施プランを描く。変化が激しく、情報を集めているうちに状況が変化してしまう未来に対して対処できる有効な手段となると思います。

7. 当事者不在
あるあるなお話ですが、最初だけヒヤリングを行なってそのまま進めたり、ヒヤリングも行わないで進めたり。できあがってから確認だけのためにヒヤリングしたり。誰のための”こと”をつくろうとしているのかが不明瞭になりユーザー不在のものになってしまいます。シーズや自分たちの持っているリソースの強みから発想すること自体は間違っていませんが、それでユーザーにどんな”こと”を提供するのか、そのときに何が必要なのか十分理解しないで進めると、結果的に課題の解決につながらない、ユーザーの支持を得られないものになってしまいます。

もうひとつ。共感やテストなどのプロセスでせっかく当事者に加わっていただいても、対話になっていない時があります。ヒヤリングではなく、インタビュー、対話をすることが重要です。
例えば、新しい車を開発して新規ユーザーを獲得したい、という目的の時に、”どんな車が欲しいですか”という問いかけから始めること。ほとんどの人は聞かれれば、答えてくれます。でも、そもそも車の必要性はあまり感じていないとしたらどうでしょう。
その人の視点や価値基準を感じ取り、共感することが、問題定義を本質的なものにする第一歩となります。

7つの課題、思い当たるものはありませんでしたか? 全部を完璧に解決することは難しいかもしれませんが、こういったことが、デザイン思考だけでなく、社会課題の解決や新規事業の解決を阻む原因になっていることを、頭においておくだけでも、結果が違ってきます。

ぜひ、普段、これってなんのため?とか使いにくいな、と感じるものを集めてみてください。そして、そうなってしまっている原因を、7つの課題に当てはめて10個以上考えてみてください。あっているかどうかは考えなくて良いです。いろんな視点から物事をみて考えるくせをつけることが、創造性を高める基礎力につながります。

>>(6)デザイン思考は古いのか?

最新のレポート